
【#推し魚】第一号 上五島の養殖クロマグロ
長崎県の豊かな海から。
全国の海岸線の約12%にあたる4,177kmの海岸線を持つ長崎県は、複雑な地形と豊かな海流に恵まれ、日本一の魚種の豊富さを誇ります。この自然の恵みを活かし、地域の魅力を広く発信する「推し魚」プロジェクトが始まりました。このプロジェクトでは、その土地ならではの食体験として観光客を魅了できる魚を「推し魚」として選定。栄えある第1号として、新上五島町の養殖クロマグロが選ばれました。
〜自然条件 × 長年の養殖技術 × 人〜
青く澄んだ海に囲まれた、長崎県・新上五島町。
この美しい島で、いま、食のプロたちを唸らせる至高のマグロが育てられています。そのおいしさの背景にあるのは、理想的な自然環境――そして、自然に寄り添い、魚と真摯に向き合いながら、手間を惜しまない人の技術です。
▍自然が育てる、最高の環境
マグロの養殖場が広がる若松瀬戸は、西海国立公園の一部。外洋から澄んだ海水が流れ込み、透明度の高い美しい海域として知られています。マグロは目が非常に良いため、水の濁りやストレスのある環境では健康に育ちません。その点、若松瀬戸は視界がよく、潮通しも抜群。マグロたちは元気に泳ぎ回り、健康で締まりのある身に育ちます。また、複雑な地形が生む速く強い潮の流れも、上質なマグロを育てる重要な要素です。この激流がマグロの体を鍛え、赤身には旨味が凝縮され、トロにはほどよく脂がのるのです。さらに、年間を通じて水温が安定し、海水中の酸素(溶存酸素)も豊富。赤潮の被害も少なく、上五島はまさに"マグロがよく育つ海"なのです。加えて、五島はもともと良好なマグロの漁場として知られており、沖縄から北上してくる稚魚(ヨコワ)を近海で採取できるという大きな強みもあります。この島ならではの自然条件が、マグロの養殖を力強く支えています。
▍技術が支える、リスクを超えた至高の味
自然環境に加えて、上五島が誇るのは、長年にわたって培われてきた養殖の技術です。上五島では、昭和40年初期からブリの養殖が盛んになり、やがて県内でも有数の養殖の町として知られるようになりました。そこで培われた経験とノウハウが、のちにマグロの養殖に活かされていきます。マグロは体が大きい割に繊細でデリケートな魚です。台風の多い島の環境では常に危険と隣り合わせですが、上五島では通常より長い3〜4年の育成期間をかけ、50〜100kgまで成長させてから出荷します。この長期飼育により筋肉質で脂のりが良く、濃厚な味わいに仕上がります。上五島の養殖業者たちは、生簀の管理や餌の調整、個体の観察など、細やかなケアを日々行い、高品質なマグロの安定した生産を支えています。特筆すべきは「餌へのこだわり」で、五島近海で水揚げされた新鮮で高品質なサバを与えることで、魚臭さを抑え、旨みが際立つ上質な味わいに仕上がります。難しいと言われるマグロの養殖に、なぜ上五島は成功できたのか――その理由は、養殖の町として歩んできた歴史と、それを今に受け継ぐ人々の技術と誇りにあります。
自然の恵みと人の手が重なり合って育まれる、上五島の養殖クロマグロ。まさに、“至高のマグロ”です。
──知られざる“上五島とクロマグロ”の長い歴史
実は、上五島とマグロの関わりは、養殖が始まるはるか以前、13世紀までさかのぼります。鎌倉時代の記録文書『青方文書』には、「シビ漁(マグロ漁)」を行っていたことが記されており、この時代からすでに上五島ではマグロが漁獲されていたことがわかります。さらに江戸時代には、塩漬けに加工されたマグロが「五島マグロ」として京・大坂・江戸へと運ばれ、その名が全国に広まりました。クジラ漁が盛んだった時代には、夏はマグロ漁、冬は捕鯨というサイクルで、上五島の漁業は繁栄しました。しかし時代の移り変わりとともに、マグロの漁獲量は徐々に減少。昭和30年代には、漁師たちは新たな活路としてブリの養殖に挑戦します。その技術をもとに、平成10年ごろからクロマグロの養殖が本格化。ブリ用の生け簀を改良し、稚魚(ヨコワ)を自ら釣り上げて育てることからスタート。再び上五島のマグロの物語が動き出しました。

※鯨見山に残るマグロの供養塔
上五島の美しい海水と激流で育った養殖クロマグロは、肉質が引き締まり、脂の乗りも良く、部位ごとに楽しめる味わいの違いも魅力です。この特別なマグロを「生」のまま味わえる「生本マグロフェア」が島内で不定期に開催されています。このフェアでは、迫力ある解体ショーや、各飲食店でのこだわりの「生」マグロ料理を堪能できます。ここでいう「生マグロ」とは「加熱していない」という意味ではなく、「一度も凍らせていない」マグロのこと。水揚げ直後に「しめ作業」(神経や血、内臓を抜く処理)を身を傷めないようにすることで一度も冷凍せずに提供することができます。冷凍すると細胞が破壊されてしまうのに対して、生マグロは水分やうま味成分が外に出ないため、しっとりとした食感と濃厚なうま味が味わえます。市場に出回るマグロの約8割は冷凍マグロといわれており、生マグロは大変希少です。口に入れた瞬間にとろける至福の味わいを求めて、この島を訪れる価値は十分にあります。マグロを堪能するためだけの旅でも、きっと満足できるはずです。