このコースをとおして、教会という祈りの場に刻まれた手仕事の痕跡や、風景に溶け込む建築の姿に、そっと目を向けてみてください。
【教会建築の父】鉄川与助の足跡をたどる
上五島を旅していると、不思議なほど自然に教会と出会います。山の切れ間に、入り江の奥に、 そして集落をそっと見守る、いちばん高い場所に。それらは単なる「建物」ではありません。厳しい歴史の中でこの島に生きてきた人々の、積み重なる時間であり、記憶そのものです。
この美しい教会建築の多くに深く関わったのが、鉄川与助(てつかわ よすけ)という一人の大工でした。鉄川与助は、1879年、上五島・丸尾の大工の家に生まれます。 尋常小学校を卒業後、15歳で大工の修業に入り、 若い頃から島内外の教会建築の現場に携わってきました。当時の教会堂建築は、 外国人神父の指導のもとで進められることが多く、 設計図や専門書の多くは外国語でした。鉄川与助は現場で学び、原書を読み、 仕事の合間に建築学会へ足を運びながら、 独学で西洋建築の技術を身につけていきます。木造、レンガ造、石造と、 素材や工法を変えながら手がけた教会堂は数多く、 現在も十数棟が九州各地に残されており、その中には、国の重要文化財や 世界遺産の構成資産に建つ教会も含まれています。
このコースでは、 鉄川与助の足跡をたどりながら、 彼がこの島で、島の人びととともに造り続けてきた建築をめぐります。

- 所要時間:4時間~5時間
- 主な交通手段:車
START
鯨賓館ミュージアム
上五島に着いたら、最初に立ち寄りたいのが、有川港ターミナル内にある 鯨賓館ミュージアム です。上五島の歴史や文化に加え、鉄川與助の設計図や愛用の大工道具、そして教会堂の天井構造(リブ・ヴォールト天井)の再現展示などを見ることができます。先に“仕組み”を知ってから実物を見ると、教会めぐりが一段深くなります。
知識を蓄えたら、いよいよ実物の建築へ。まずは与助がレンガの美しさを追求した大曽地区を目指します。
車で15分
大曽教会
県指定有形文化財
港を見下ろす高台に建つ大曽教会は、1916年、鉄川与助の設計・施工によって完成しました。内部には漆喰仕上げのリブ・ヴォールト天井(こうもり天井)が広がり、落ち着いた雰囲気の中に開放感のある空間が広がります。ドア上部や柱頭に施された彫刻も見どころで、柱頭彫刻は父・鉄川与四郎によるもの。親子二代の仕事が細部に刻まれています。外観では、「鉄川様式」と呼ばれる銅板製の八角ドームの鐘楼が印象的です。外壁には、一列目は小口、二列目は長手というように列ごとにレンガの向きを変えるイギリス積みが用いられています。さらに色の異なるレンガをうまく組み合わせることで、単調になりがちな壁面に豊かな表情を与えています。美しいカーブを描く半円アーチの窓や、桜の模様があしらわれたステンドグラスも印象的です。建設当時、家一軒が約100円で建てられた時代に、総工費はおよそ12,000円を要しました。もともと平坦ではなかったこの土地は、信徒たちが岩を削り、力を合わせて造成したものです。優れた建築技術とともに、地域の人々の信仰と尽力を今に伝える存在です。
続いては、奈摩湾を挟んで向かい合う二つの教会へ。与助の「はじまり」と「飛躍」を比較できるエリアです。
冷水教会
1907年に献堂された冷水教会は、鉄川与助が27歳で独立した後、初めて設計・施工を手がけた教会です。純木造で、外観には和風建築の趣が色濃く残されていますが、一歩足を踏み入れると、本格的なリブ・ヴォールト天井が広がります。和と洋が自然に溶け合うこの構成は、当時としては非常に斬新な試みでした。装飾は控えめで、列柱も角柱という素朴なつくりですが、のちに洗練されていく鉄川与助のアーチ表現の原点を見ることができます。
車で10分
青砂ヶ浦天主堂
国指定重要文化財
冷水教会の対岸に建つ、青砂ヶ浦天主堂。1910年に完成したこの教会は、大曽教会と同じく「イギリス積み」によるレンガ造り。重層屋根の構造によって、ゆったりとした堂内空間がつくられており、リブ・ヴォールト天井は最初に建てた冷水教会よりも高くなっています。外壁には、濃淡の異なる煉瓦を組み合わせて十字架を描くなど、さりげない装飾の工夫も見られます。堂内に入ると、ステンドグラスから差し込む光がやわらかな空間をつくりだします。夕刻には、正面の丸窓からの光が祭壇へと伸び、春分と秋分には、祭壇の中央を照らすように設計されているそうです。石は頭ヶ島から、木材は平戸から、レンガは佐世保から運ばれ、信者たちの手によって、一つひとつ丘の上へと運び上げられました。当時の信徒はわずか五十戸ほど。鉄川与助の確かな設計と、人々の静かな献身が重なり合い、この凛とした佇まいが生まれました。
教会の美しさを堪能したあとは、車を走らせて、与助の「ルーツ」へ。彼が心に刻み続けた、故郷の風景が待っています。
※内観の撮影は禁止されています。
車で7分
鉄川與助旧居宅
静かな港町に、与助がかつて暮らした家の跡があります。現在はレンガ塀のみが残されていますが、敷地内には彼の生涯や仕事を紹介するパネルが並び、与助の足跡を感じることができます。大工の家に生まれ、現場で技を学び、独学で建築の道を切り拓いた与助。教会建築にとどまらず、地元の小学校や寺院も手がけた——その幅広い活動を知ることができる場所です。ぜひ注目していただきたいのが、今も残るレンガの門まわりです。よく見ると左右対称ではなく、右は鋭角、左は鈍角。階段もゆるやかに扇状に広がっています。これは、与助が自宅を建築の“練習台”にしていた痕跡だといわれています。暮らしの場にまで工夫と試行を重ねた、その仕事への尽きない探究心が、今もこの場所から伝わってきます。
次は教会建築の名匠・与助の仏教徒としての一面をたどります。
車で5分
元海寺
長崎県「まちなみ景観資産」
多くの教会を手がけた与助ですが、彼自身は熱心な仏教徒でした。ここ元海寺は鉄川家の菩提寺で、大正13年に、与助自らが建立したレンガ造りの山門が今も残されています。お寺にレンガの門という少し意外な組み合わせですが、和と洋が自然に溶け合ったその佇まいからは、与助らしいおおらかで自由な感性が感じられます。宗教や形式にとらわれることなく、誠実に建築と向き合い続けた——そんな与助の人柄に、そっと触れられるような場所です。
旅の最後は、橋を渡って頭ヶ島へ。自然の石と建築が融合する、祈りの聖地を訪ねます。
車で30分
頭ヶ島天主堂
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」
旅の締めくくりは、世界文化遺産の構成資産である頭ヶ島の集落へ。ここに建つ、全国的にも珍しい石造りの教会「頭ヶ島天主堂」は、1919年、約10年もの歳月をかけて完成しました。厳しい弾圧を乗り越えた信徒たちが、近くの島から砂岩を切り出し、一つひとつ積み上げて築き上げたものです。大きな石を運ぶ作業には多くの手間と労力を要し、一日に二つか三つほどしか石を運ぶことができなかったといいます。石壁には、長さを表す「四九五(四尺九寸五分)」などの漢数字が刻まれており、当時の人々の手仕事の跡を感じ取ることができます。地元の砂岩を用いたことで、大規模なレンガ造りの教会に比べ、建設費はおよそ10分の1に抑えられたといわれています。ちょうどこの頃、この地域では石材業が盛んで、石工たちの技術も高い水準にありました。そうした背景に、鉄川与助の優れた設計が重なり、限られた予算の中でも、格調高い石造りの教会堂が実現したのです。その重厚な外観とは対照的に、内部にはパステルカラーを基調とした、華やかでやさしい空間が広がります。「花の御堂」という愛称の通り、堂内の随所には、花柄文様があしらわれ、柱のない「ハンマービーム工法」による開放的な天井が、訪れる人々を包み込みます。まさに、苦難の時代を終えた信徒たちの喜びが、そのまま形となったかのような聖堂です。
※内観の撮影は禁止されています。
車で10分
崎浦の五島石集落景観
国指定重要文化的景観
帰路の途中で立ち寄りたいのが、友住地区に残る石畳の景観です。頭ヶ島天主堂を形作った「五島石」は、この地域で採れる砂岩質の石で、古くから家の塀や路地の敷石、家屋の土台など、暮らしの中で使われてきました。時代ごとに異なる積み方が残る石畳や石塀からは、島の石工たちの確かな技術と知恵が、今も静かに伝わってきます。